はじめに:1on1は「オワコン」なのか?

「人事がうるさいから、とりあえず枠だけ抑えている」

「毎週話すことなんてないし、結局進捗確認で終わってしまう」

「AIに壁打ちしてもらった方が、気を使わなくて楽だという部下がいる」

現場のマネージャーやリーダーの方々から、そんな本音が漏れ聞こえてくることがあります。

確かに、忙しい業務の合間を縫って時間を確保するのは大変です。「ウチのチームは仲が良いから、わざわざ改まって話す必要はない」と考える気持ちも、痛いほどよくわかります。

しかし、断言させてください。

AIが業務の多くを代替し始めた2026年の今だからこそ、生身の人間同士が行う「1on1ミーティング」の価値は、かつてないほど高まっています。

かつての1on1は「ガス抜き」や「仲良くなること」が目的だったかもしれません。しかし、現在の1on1は「人的資本(メンバーの才能と意欲)」を最大化するための、最もROI(投資対効果)の高い経営戦略です。

私の所属する組織でも、1on1の質が高いチームほど、エンゲージメントサーベイのスコアが高く、離職率が低く、何より「変化への適応スピード」が速いという明確なデータが出ています。

今回は、元記事でお伝えした基礎をベースに、今の時代に求められる「アップデートされた1on1」の理論と実践知を徹底解説します。


第1章:なぜ今、1on1の難易度と重要性が上がっているのか?

「昔は飲みニケーションでなんとかなった」という話は、もはや昔話です。しかし、コロナ禍を経て定着したハイブリッドワークや、価値観の超多様化により、マネジメントの難易度は劇的に上がっています。

1. 「見えない不調」と「静かな退職」

リモートワークやチャット中心のコミュニケーションでは、相手の顔色や「ちょっとした変化」を察知することが困難です。

「問題なくやっています」という言葉を信じていたら、ある日突然退職届が出てくる。あるいは、辞めはしないけれど、最低限の仕事しかしない「静かな退職(Quiet Quitting)」状態に陥る。これらを防ぐ唯一の手段が、定点観測としての1on1です。

参考:「静かなる退職」と「エンゲージメント」

2. AI時代の「人間ならでは」の価値

定型業務や情報処理はAIが担うようになりました。人間には「創造性」「複雑な意思決定」「他者への共感」といった領域が求められています。これらは、命令されて発揮できるものではなく、心理的安全性が確保された状態で、対話を通じて引き出されるものです。

1on1は、部下の思考を深め、AIには出せない「その人らしさ」を掘り起こすための採掘場なのです。

参考:Work Trend Index Special Report(AIと仕事の未来)

3. 「管理」から「自律支援」へのシフト

指示待ち人間を作るのが目的なら、1on1は不要です。しかし、変化の激しい現代では、一人ひとりが自律的に考え動くことが求められます。

上司の役割は「正解を教えること」から、「問いかけて気づきを促すこと(コーチング)」や「必要なリソースと接続すること(コネクティング)」へと変化しています。その主戦場が1on1です。


第2章:1on1の「目的」をアップデートする

A comparison chart illustrating the paradigm shift of 1on1 meetings. Left side shows the 'Old Model' focusing on progress management and boss-led instruction. Right side shows the 'AI Era New Model' focusing on psychological capital, career autonomy, and subordinate-led dialogue. Visualizes the transition from managing tasks to nurturing human potential.

多くの失敗する1on1は、目的設定の時点でズレています。まずはここを修正しましょう。

× 古い1on1(上司のための時間)

  • 目的: 進捗管理、指示出し、ミスの指摘
  • 主語: 上司(「私が伝えたいことを話す」)
  • 視点: 過去〜現在(「なぜできなかったのか?」)

これでは、部下にとって「詰められる時間」でしかありません。「忙しいからやりたくない」と言われるのは当然です。

◯ 新しい1on1(部下のための時間)

  • 目的: 経験学習の支援、キャリア自律、心理的資本の蓄積
  • 主語: 部下(「部下が話したいことを聴く」)
  • 視点: 現在〜未来(「この経験から何を得て、どうなりたいか?」)

私が提唱する「効果的な1on1」とは、中長期的な視座に立ち、部下の「思考の整理」と「感情のケア」に時間を投資することです。

「進捗確認」はチャットやダッシュボードで十分。1on1という貴重な同期コミュニケーションの時間は、もっと付加価値の高いテーマに使うべきです。

参考:Yahoo! JAPANの人材開発(1on1ミーティング)


第3章:明日から使える!1on1の具体的な進め方【実践編】

では、具体的にどう進めればよいのでしょうか。漫然と雑談をするのではなく、型を持つことが重要です。ここでは「準備・対話・AI活用」の3ステップで解説します。

ステップ1:準備(1on1の質はここで決まる)

「さあ、何かある?」と丸腰で挑むのはNGです。

私は1on1の開始前5分を「準備タイム」としてブロックしています。

  1. 情報のアップデート: 過去の1on1メモを読み返す。部下の最近の日報やチャットの
    発言をざっと確認する。
  2. 仮説を持つ:「最近、発言が減っているな。何か悩んでいるのかも?」「あのプロジェク
    ト、楽しそうに取り組んでいるな」といった仮説を立てる。
  3. 自分の状態確認:自分がイライラしていないか、疲れすぎていないかを確認する。自分
    のコンディションが悪いと、無意識に相手を攻撃してしまいがちです。

ステップ2:対話の構成(4つのフェーズ)

Flowchart illustration titled 'Strategic 1on1 Practice Flow Integrating AI Utilization'. It details a process from 'Pre-meeting (5 min)' where a manager uses AI for preparation, through 'During 1on1 (30 min)' which consists of 4 phases (Check-in, Theme setting, Main dialogue, Closing), to 'Post-meeting & Reflection' where AI provides feedback to the manager and the subordinate implements actions, looping back to the next meeting.

30分の1on1であれば、以下のような配分が理想的です。

  1. チェックイン(5分):場のセットアップ
    • いきなり本題に入らず、心身のコンディションを確認します。
    • 「今の気分を天気で言うと?」「今週のハイライトは?」など、答えやすい問いで
      話しやすい空気を作ります。
    • ここで「実は体調があまり…」となれば、早めに切り上げる判断も必要です。
  2. テーマ設定(5分):今日話したいことの合意
    • 「今日は何について話そうか?」と部下に委ねます。
    • 特になければ、こちらからテーマを提案します(後述の「テーマ選び」参照)。
  3. メインの対話(15分):深掘りと内省支援
    • ここが核心です。上司は「聞く:話す=8:2」を意識しましょう。
    • 「それは大変だったね(共感)」「具体的にはどういうこと?(明確化)」「もし制限がなかったらどうしたい?(可能性の探索)」といった問いかけを使います。
  4. クロージング(5分):ネクストアクションの確認
    • 「話してみてどうだった?」と感想を聞き、次までの小さなアクションを決めます。
    • 「来週までに〇〇について調べてみる」「まずは休む」など、具体的かつ実行可能なものにします。

ステップ3:AIの活用(2026年流)

最新の1on1では、生成AIをアシスタントとして使うのが賢い方法です。

  • 振り返り支援:録音と文字起こし(許可を得た上で)をAIに読み込ませ、「私が話しす
    ぎていないか」「共感的な言葉を使えているか」をフィードバックしても
    らいます。自分の口癖や威圧的な態度に気づくことができます。
  • 問いの生成:話が行き詰まった時や、キャリアの話をする前に「入社3年目のメンバー
    に、今後のキャリア観を深めるための良い質問を5つ挙げて」とAIに相談す
    ることで、引き出しを増やせます。

第4章:話すことがない?マンネリを防ぐ「テーマの引き出し」

「毎回同じ話になってしまう」という悩みには、以下のテーマリスト(7つのカード)を持っておくと便利です。

  1. 業務の「手触り」: 進捗ではなく、「やってみてどう感じたか?」「何が一番難しかった
             か?」
  2. 組織・チームへの提言:「もっとこうしたら良くなると思うことは?」「チームの課題
               は何だと思う?」
  3. キャリアと未来:「1年後、どんな状態になっていたら最高?」「最近、嫉妬するような
            他人の仕事はあった?」
  4. 強みと価値観:「自分が『乗ってる』と感じる瞬間は?」「大切にしたい価値観は?」
  5. 健康と生活:「睡眠は取れている?」「最近ハマっている趣味は?」
  6. 能力開発・リスキリング:「今、学びたいスキルはある?」「AIを業務にどう組み込みた
                い?」
  7. 上司へフィードバック: 「私のサポートで足りないこと、やってほしいことはある?」

特に初回や期初には、「目標の握り合い」だけでなく「価値観の共有」を行うことを強く推奨します。「何のために働くのか」「どんな時に幸せを感じるか」を知っておくことで、信頼関係の土台(信頼貯金)が盤石になります。


第5章:こんな1on1は逆効果!やってはいけないNGリスト

良かれと思ってやったことが、部下のモチベーションを下げている可能性があります。以下のチェックリストで「自己診断」してみてください。

【態度・姿勢編】

  • □ パソコンやスマホを見ながら話を聞いている
  • □ 腕を組んだり、ふんぞり返ったりしている
  • □ 相槌が適当、または食い気味に返している
  • □ 「でも」「だって」と否定から入る
  • □ 沈黙に耐えられず、自分が喋り続けてしまう

【内容・進め方編】

  • □ 「なぜ?」と原因追及ばかりする(尋問モード)
  • □ 自分の武勇伝や過去の成功体験を語る
  • □ アドバイスという名の「指示」を押し付ける
  • □ 前回の1on1の内容を全く覚えていない
  • □ プライベートに土足で踏み込みすぎる
  • □ 時間に遅れる、頻繁にリスケジュールする

特に「前回の内容を覚えていない」は致命的です。「自分は大切にされていない」という強烈なメッセージになってしまいます。直前のメモ確認だけは、何があってもサボらないでください。

また、「アドバイスのしすぎ」も注意が必要です。上司が答えを出してしまうと、部下は思考停止します。「一緒に考える」スタンスを崩さず、部下自身に答えを出してもらう忍耐力が求められます。


第6章:管理職のあなた自身を守るために

ここまで「部下のために」と書いてきましたが、最後に管理職であるあなた自身のことも伝えさせてください。

1on1は、非常に「感情労働」的な側面が強い業務です。部下の悩みや不満を受け止め続けると、聞き手である上司の心が疲弊してしまうことがあります。これを「共感疲労」と呼びます。

だからこそ、上司であるあなた自身も、誰かに1on1をしてもらう必要があります。

自分の上司、あるいは社外のメンターやコーチ、時には人事担当者に。弱音を吐き、自分の思考を整理する時間を確保してください。

シャンパンタワーの法則をご存知でしょうか?

Illustration of the 'Champagne Tower Rule' for leadership. Liquid representing energy flows from the top glass labeled 'Leader's Heart (You)' down to 'Team Members' and then 'Customers/Society'. It conveys the message: 'First, fill yourself. Only when you are filled can you contribute to others.

一番上のグラス(リーダー)が満たされて初めて、下のグラス(メンバー)に水(エネルギー)が行き渡ります。

あなたが健やかで機嫌よくいること。

これこそが、実は最強のチームマネジメントであり、良質な1on1を生み出す源泉なのです。


まとめ:1on1は、未来への「種まき」である

1on1を実施したからといって、明日すぐに売上が倍になるわけではありません。

しかし、じっくりと対話を重ね、信頼関係を築き、メンバー一人ひとりの自律を促すことは、確実に組織の地力を高めます。

それはまるで、土壌を耕し、種をまき、水をやる行為に似ています。

即効性はないかもしれませんが、数ヶ月後、数年後に、強くて太い幹となり、素晴らしい果実を実らせてくれるはずです。

「忙しいから時間がない」のではなく、「効果的な1on1をしていないから、いつまでも忙しいまま」なのかもしれません。

まずは今週の30分。

PCを閉じ、スマホを置き、目の前のメンバーの目を見て、こう問いかけてみませんか?

「最近、どう?」

その一言から、チームの未来は変わり始めます。