はじめに:なぜ、優秀な人材が「指示待ち」になってしまうのか?

「最近の若手は、言われたことしかやらない」

「もっと主体的に動いてほしいのに、失敗を恐れて動かない」

多くの現場マネージャーが、こうした悩みを抱えています。そして、多くの組織がこの解決策として「個人のスキルアップ研修」や「マインドセット教育」を導入します。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。

もし、あなたの部下が元々は優秀で、入社時には希望に満ち溢れていたとしたら?

「指示待ち」という態度は、彼らの性格ではなく、組織の中で生き残るために身につけた「処世術」だとしたらどうでしょうか。

本記事では、近年教育やビジネスの分野で注目される「非認知能力」をキーワードに、個人の資質に頼らない、マネジメント視点での「環境づくり」について深掘りします。

結論、部下を変えようとする努力よりも先に、部下が「変われない理由」を作っている、組織の土壌(環境)にメスを入れる必要を考えてみましょう。

1. 非認知能力と「環境」の密接な関係

非認知能力とは何か?

ビジネスの現場では、IQや学力、専門スキルといった数値化しやすい能力を「認知能力」と呼びます。一方で、数値化は難しいものの、成果を出すために不可欠な内面的な力を「非認知能力」と呼びます。

具体的には以下の要素が挙げられます。

  • 主体性(Initiative): 自ら課題を見つけ、動き出す力
  • グリット(Grit): 困難に直面しても、粘り強くやり抜く力
  • 好奇心(Curiosity): 未知のことに興味を持ち、学習する力
  • 社交性(Sociability): 他者と協働し、良好な関係を築く力
  • 回復力(Resilience): 失敗から立ち直る力

これらは、変化の激しい現代(VUCA時代)において、正解のない課題に取り組むために必須の能力です。「指示待ち」からの脱却とは、まさにこれらの非認知能力がフルに発揮されている状態を指します。

参考:【見えない能力を可視化】非認知能力のセルフチェックと「メタ認知」の高め方

A peaceful scene of a person gardening in warm sunlight, with a cup of tea and an open book on a wooden table in the foreground. The Japanese text overlay reads
【見えない能力を可視化】非認知能力のセルフチェックと「メタ認知」の高め方 導入:なぜ、自分の強みが言葉にできないのか 「あなたの強みは何ですか?」 「自分の課題を具体的に教えてください」 そ...

「種」だけでなく「土壌」を見る

多くのマネジメントは、部下という「種(個人の資質)」の良し悪しや、肥料(スキル研修)の与え方にばかり注目します。しかし、どれほど優秀な種であっても、コンクリートの上や、毒素を含んだ土壌では芽を出すことはできません。

非認知能力は、個人の内側に固定されたスペックではありません。「環境との相互作用」によって、高くもなれば低くもなる可変的な能力です。

例えば、プライベートでは趣味のコミュニティリーダーとして「主体性」と「好奇心」を発揮している社員が、会社に来た途端に貝のように口を閉ざすケースは珍しくありません。これは、彼らの能力が消えたのではなく、職場の環境が彼らの能力を「オフ」にさせているのです。

2. 決定的な違い:非認知能力を「萎縮させる組織」vs「高める組織」

Infographic diagram comparing "The Vicious Cycle of Atrophy" (BAD) and "The Virtuous Cycle of Growth" (GOOD) in the workplace. The left "BAD" cycle shows: Environment (Criticism, Surveillance) leads to Psychology (Fear, Anxiety), causing Action (Silence, Waiting for instructions), resulting in Result (Subordinate who only does what they are told), finally leading to Stagnation and Resignation. The right "GOOD" cycle shows: Environment (Praise, Acceptance) leads to Psychology (Relief, Trust), encouraging Action (Speaking up, Challenge), resulting in Result (Growth into Proactive Subordinate), finally leading to Revitalization and Retention.

では、どのような環境が非認知能力を阻害し、あるいは高めるのでしょうか。その鍵を握るのが、Googleのプロジェクト・アリストテレスでも証明された「心理的安全性」です。

心理的安全性が低い組織(萎縮させる組織)

心理的安全性が低い職場とは、「対人リスク」が高い職場です。「無知だと思われたくない」「無能だと思われたくない」「邪魔だと思われたくない」という不安が常に支配しています。

このような環境では、非認知能力は以下のように阻害されます。

  • 好奇心の阻害: 「こんなことを聞いたら怒られるかもしれない」という不安が、質問や探求を止めます。結果、マニュアル通りのことしか行わなくなります。
  • 主体性の阻害: 「余計なことをして失敗したら責任を取らされる」という恐れが、挑戦を止めます。前例踏襲が最も賢い生存戦略になるからです。
  • 社交性の阻害: 「批判的な意見を言うと嫌われる」という懸念が、本質的な議論を遠ざけます。

結果として、部下は「言われたことだけを完璧にこなす(=リスクを最小化する)」という行動パターン、すなわち「指示待ち」に最適化されていくのです。

心理安全性が高い組織(高める組織)

一方で、心理的安全性が高い組織では、メンバーは「自分らしくあっても大丈夫だ」という安心感を持っています。

  • 失敗の許容: 「挑戦した結果の失敗は責められない」という確信があるため、グリット(やり抜く力)が育ちます。
  • 異論の歓迎: 「違う意見を言っても排除されない」という安心感が、建設的な議論と社交性を高めます。
  • 無知の開示: 「分からない」と言える環境が、学習意欲と好奇心を加速させます。

つまり、非認知能力が高い組織とは、「弱さをさらけ出せる強さ」が許容されている組織なのです。

参考:「1on1は無駄」と感じるリーダーへ。AI時代だからこそ差がつく「対話の技術」と「心理的資本」の育て方

A smiling manager and employee engaging in a 1on1 meeting in a modern office with a holographic AI interface. Text overlay reads: '[2026 Edition] 1on1 is the Best Investment: Human-centered management techniques for the AI era.
「1on1は無駄」と感じるリーダーへ。AI時代だからこそ差がつく「対話の技術」と「心理的資本」の育て方 はじめに:1on1は「オワコン」なのか? 「人事がうるさいから、とりあえず枠だけ抑えている」 「毎週話すことなんてないし、...

3. マネージャーの役割:環境を変える具体的アクション

Infographic using an iceberg model to illustrate a shift in managerial evaluation perspective. The tip above the water is labeled "Traditional Evaluation: Visible Results" (including Sales, Numbers, Achievement Rate). The large submerged base is labeled "Future Evaluation: Invisible Process (Non-cognitive Skills)" listing "Initiative, Grit, Curiosity, Sociability, and Resilience." A watering can icon waters the submerged base, and a large arrow points from the base to the tip with the message: "Watering the foundation (process) grows the large result (iceberg)," highlighting the needed "Manager's Perspective Shift.

では、私たちマネージャーは具体的に何をすべきでしょうか?

部下の非認知能力を引き出すための「環境づくり」には、2つの重要なアプローチがあります。

① 「失敗を許容するフィードバック」への転換

部下が失敗した時、あるいは期待通りの成果が出なかった時、あなたの第一声は何でしょうか?

× 萎縮させるフィードバック:

「なぜ失敗したんだ?(Why)」

「誰が責任を取るんだ?」

「だから言っただろう」

これらは部下の「恐怖」を煽り、次回の挑戦を躊躇させます。

〇 非認知能力を高めるフィードバック:

「この経験から何を学んだ?(What)」

「次はどうすればうまくいきそうか?」

「ナイスチャレンジだった。プロセスのどこに課題があったか一緒に考えよう」

マネージャーの役割は、失敗を「個人の汚点」として処理するのではなく、組織の「学習資産」に変えることです。「挑戦したこと自体は評価される」というメッセージを発信し続けることで、部下の回復力(レジリエンス)と主体性は強化されます。

② 「プロセス評価」の導入

非認知能力は、目に見える「成果(数字)」の前段階にある「行動(プロセス)」に現れます。

売上目標の達成率(結果)だけを人事評価の対象にしていると、部下は「確実な成果」しか狙わなくなります。

  • 主体性を評価するなら:自ら手を挙げた回数や、新しい提案の数を評価する。
  • 社交性を評価するなら:チームメンバーへのサポートや、部門間調整の動きを評価する。
  • グリットを評価するなら:困難なプロジェクトから逃げずに粘り強く取り組んだ姿勢を評価する。

「あなたのこういう姿勢(プロセス)がチームに貢献している」と言語化して伝えること。これが、非認知能力という目に見えない資産を組織に定着させるための水やりとなります。

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4. 環境づくりとエンゲージメントの相関

非認知能力が発揮できる環境を整えることは、近年重要視されている「エンゲージメント(組織への愛着心・貢献意欲)」の向上に直結します。

「やらされ仕事」から「自分ごとの仕事」へ

nfographic Venn diagram titled 'エンゲージメントを高める「自己決定理論」の3要素' (The 3 Elements of 'Self-Determination Theory' that Boost Engagement). It shows three overlapping circles: top '自律性 (Autonomy) - 自分で決める' linked to manager action '任せる' (Delegate); bottom-left '有能感 (Competence) - できる感覚' linked to manager action '強みを活かす' (Leverage Strengths); and bottom-right '関係性 (Relatedness) - つながり' linked to manager action '心理的安全性' (Psychological Safety). The central overlapping area is labeled '高いエンゲージメント(主体性)' (High Engagement (Initiative)).

自己決定理論によれば、人の内発的動機づけには「自律性」「有能感」「関係性」の3つの欲求が満たされることが必要です。

  1. 自律性(主体性): 自分で考えて動くことが許されている。
  2. 有能感(グリット・回復力): 困難を乗り越え、成長を感じられる。
  3. 関係性(社交性): 周囲と協力し、認め合えている。

これらは全て、心理的安全性の高い環境下での非認知能力の発揮とリンクしています。

部下が「この職場なら、自分の持ち味(非認知能力)を発揮できる」と感じた時、仕事は単なる「義務」から「自己実現の手段」へと変わります。

これこそが、真のエンゲージメントが高い状態です。

指示待ち部下が多い職場は、裏を返せば「ここでは自分の頭で考えても無駄だ」「余計なエネルギーを使いたくない」という、低いエンゲージメントの現れでもあります。環境を変えることは、組織の活力を根底から蘇らせる処方箋なのです。

まとめ:育てるのではなく「邪魔をする要因」を取り除く

部下の「主体性」を引き出すために、特別なカリスマ性や、高度なコーチングスキルは必ずしも必要ありません。

最も重要なのは、「部下の非認知能力の発揮を邪魔している障害物は何か?」という視点を持つことです。

  • 過度な叱責による「恐怖」が、好奇心を邪魔していないか?
  • 結果偏重の評価が、挑戦への意欲(主体性)を邪魔していないか?
  • 不機嫌な態度が、相談(社交性)を邪魔していないか?

マネジメントとは、植物を無理やり引っ張って伸ばすことではありません。

日当たりを確保し、雑草を抜き、土を耕すこと。つまり、部下が本来持っている力を自然に発揮できる「環境」を整えることこそが、マネージャーの本質的な仕事です。

今日から、部下を見る目を変えてみましょう。

「彼に何が足りないか」ではなく、「私たちの環境の何が、彼の可能性を閉じ込めているのか」と問い直すことから、組織の変革は始まります。

まずは、次回のミーティングで、部下の提案や意見に対し、「まずは受け止める」「挑戦を称える」ことから始めてみてはいかがでしょうか。その小さな「安全地帯」の積み重ねが、やがて組織全体を覆う「主体的で強いチーム」へと成長していくはずです。