研修だけでは組織は変わらない。経営層が着手すべき「ハラスメント・ゼロ」への構造改革とリスクマネジメント

ハラスメント対策は「守り」ではなく、最強の「人材戦略」
「結局、ハラスメント気質な人が原因だから、私には関係ないこと」
「人事がうるさいから、とりあえずハラスメントの概要は抑えている」
「正直、ハラスメントを意識すると何もできず、放置するしかなくなる」
現場のマネージャーやリーダーの方々から、そんな本音が漏れ聞こえてくることがあります。
確かに、忙しい業務のなかで、コミュニケーションまで気にするのは、負担が大きいと考える気持ちも、痛いほどよくわかります。
しかし、断言させてください。
ハラスメントの放置は、組織の瓦解を招きます。
だからこそ、ハラスメント対策を長期目線で仕組みに落とす必要があります。
組織からハラスメントを根絶するために最も必要なのは、全社員への倫理研修ではなく、「ハラスメントを行うことが、個人のキャリアにとっても組織の利益にとっても『損』である」と明確に示す構造(システム)の構築です。
本記事では、精神論や道徳論ではなく、組織行動学とリスクマネジメントの観点から、現場で起きている課題を論理的に分解します。そして、経営層と人事が明日から着手すべき、実効性のある具体的なアクションプランを提示します。
ハラスメント対策は、法的リスク回避という「守り」の施策ではありません。心理的安全性を高め、優秀な人材の離職を防ぎ、生産性を最大化するための、極めて合理的な「攻め」の経営戦略であることを肝に銘じてください。
1. ハラスメント放置が招く「見えないコスト」の正体

「うちは大きな問題にはなっていないから大丈夫だ」。そう考えている経営層が最も危険です。ハラスメントには、顕在化する氷山の一角の下に、巨大な「見えないコスト」が潜んでいます。
1-1. 「静かな退職」と生産性の低下
ハラスメントが横行する、あるいはハラスメントに対して見て見ぬふりをする組織では、従業員のエンゲージメントが著しく低下します。
被害者だけでなく、それ目撃した周囲の社員(バイスタンダー)も、「この会社は社員を守ってくれない」と学習します。その結果、表立って反抗はせずとも、必要最低限の仕事しかしない「静かな退職(Quiet Quitting)」が蔓延します。これは財務諸表には表れない、莫大な機会損失です。
1-2. 採用ブランディングの毀損と「人材流出」
現代の労働市場、特に若年層やハイパフォーマンスな人材は、企業の「心理的安全性」を敏感に察知します。SNSや口コミサイトで「パワハラ気質の管理職がいる」「古い体質」という評判が立てば、どれほど高年収を提示しても優秀な人材は採用できません。
さらに深刻なのは、理不尽な環境に耐えられない優秀層から先に辞めていき、他に行き場のない「しがみつき社員」と「ハラスメント気質の管理職」だけが残る「人材の逆淘汰」が起きることです。
2. なぜ、従来の「研修・窓口」は機能しないのか
多くの企業が対策を講じているにもかかわらず、なぜ改善しないのか。そこには構造的な欠陥があります。
2-1. 「成果至上主義」が生む免罪符
最大の問題は、「数字(成果)さえ出していれば、多少の強引な指導は許される」という暗黙の了解です。
売上を作るエース社員が部下を怒鳴りつけていても、経営層がそれを黙認すれば、組織全体に「ハラスメント禁止は建前であり、本音は売上がすべて」という強烈なメッセージが伝わります。このダブルスタンダードがある限り、いくら研修で「相手を尊重しよう」と説いても、現場には響きません。
2-2. 「指導」と「ハラスメント」の境界線への誤解
管理職の多くが、「ハラスメントと言われるのが怖くて部下を叱れない」と萎縮しています。これは、「業務上の適正な指導」と「ハラスメント」の線引きを、組織として明確に定義できていないことが原因です。
結果として、必要な指導放棄(放任)か、感情任せの攻撃(パワハラ)か、という両極端なマネジメントに陥っています。
2-3. 形骸化した相談窓口
「相談窓口は社内にあります」と言われても、社員は使いません。「相談したことが上司に筒抜けになり、報復されるのではないか」「相談しても握りつぶされるのではないか」という不信感があるからです。守秘義務と不利益取扱いの禁止が徹底されていない窓口は、存在しないのと同じです。
3. ハラスメントが発生する土壌の3要素

組織心理学の観点から見ると、ハラスメントが起きやすい組織には共通する3つの特徴があります。
- 過度な権力勾配(Power Distance):上司と部下の力関係が固定化しすぎており、部下が「No」や「意見」を言えない環境。情報の非対称性が強く、上司が絶対君主化している組織です。
- 同調圧力と閉鎖性:「昔からこうだった」「業界の常識だ」という言葉で、外部の視点を遮断する風土。異質なものを排除しようとする力学が、いじめやハラスメントの温床になります。
- ストレスの連鎖構造:上層部から管理職への過度なプレッシャー(目標必達の圧力)が、管理職から部下へのハラスメントとして転嫁される構造。管理職自身がケアされていないケースも多々あります。
4. 組織が変わるための3つの具体策
精神論ではなく、システム(仕組み)でハラスメントを抑制するための具体的なアクションプランを提案します。
① 評価制度の再設計:ハラッサーを昇進させない仕組み

人事制度こそが、社員への最強のメッセージです。
- 「成果評価」と「行動評価」の分離とウェイト変更:業績(What)だけでなく、そのプロセスや周囲への影響(How)を評価する「バリュー評価・行動評価」のウェイトを高めます(例:50:50)。
- 「レッドカード」条項の導入:どれほど業績が良くても、ハラスメント認定された場合や、従業員満足度調査(サーベイ)で著しく低いスコアを出した管理職は、昇格対象から外す、あるいは降格させる規定を明文化し、実際に運用します。「会社は本気だ」と社員に示すには、信賞必罰の事例を作ることが最も効果的です。
② 実効性のある「心理的安全性」の醸成

「何を言っても怒られない」ぬるま湯の環境を作ることではありません。「懸念やミス、異論を口にしても、対人関係のリスクがない」状態を作ることです。
- 1on1ミーティングの質的転換:業務進捗の確認(マイクロマネジメント)の場ではなく、部下のコンディション確認とキャリア支援の場として定義し直します。管理職には「傾聴」のトレーニングを義務付けます。
- 360度フィードバックの導入:上司から部下への一方通行の評価ではなく、部下が上司を評価する仕組みを導入します。管理職に「自分は見られている」という健全な緊張感を持たせ、自身のマネジメントスタイルを客観視させる機会を与えます。
③ 相談ルートの「複線化」と「透明化」
「社内の人事には相談しにくい」という壁を壊します。
- 外部窓口の設置:弁護士事務所やEAP(従業員支援プログラム)など、会社と利害関係のない第三者機関に通報できるルートを確保します。
- 通報者保護の徹底周知:「通報によって不利益な扱いを受けない」ことを就業規則に明記するだけでなく、経営トップが繰り返しメッセージとして発信します。
- 解決プロセスの透明化:プライバシーに配慮しつつ、ハラスメント事案に対して会社がどう対処したか(懲戒の事実など)を公表します。「隠蔽しない会社」という姿勢が信頼を生みます。
5. 明日から意識すべき役割
最後に、読者の皆様の立場に応じた役割を整理します。
経営層(CEO・役員)へ
「コミットメント」と「投資」
ハラスメント対策は、現場任せにしてはいけません。トップ自らが「ハラスメントは許さない」「売上が上がっても、人を大切にしない社員は評価しない」と言語化し、発信し続けてください。そして、外部窓口の設置や研修、サーベイツールへの投資を惜しまないでください。それは将来の訴訟リスクや採用コストを考えれば、極めて安価な保険であり、投資です。
人事担当者へ
「警察」ではなく「設計者」
ハラスメントが起きてからの犯人探し(警察機能)も必要ですが、より重要なのは「起きない仕組み作り(設計図)」です。評価制度の見直し、ハラスメントに関するアンケートの定期実施、管理職への具体的なケーススタディ研修の企画など、制度面からのアプローチを主導してください。現場の管理職が孤立しないよう、彼らのケアも人事の重要任務です。
管理職へ
「防波堤」としての自覚と「アップデート」
あなたは、経営の方針を現場に伝え、現場の声を経営に届ける結節点です。自身の価値観をアップデートしてください。「昔はこうだった」は通用しません。
部下の変化(勤怠の乱れ、口数の減少など)にいち早く気づき、声をかけること。そして、自分自身がプレッシャーに押しつぶされそうな時は、抱え込まずにアラートを上げること。自分自身のメンタルヘルスを守ることが、結果として部下を守ることにつながります。
参考:【実践編】「マネジメント無理ゲー」を攻略する。明日から使える3つの行動変容と成功事例
まとめ
組織からハラスメントをなくすことは、単に「不快な言動を減らす」ことではありません。それは、社員一人ひとりが尊重され、持てる能力を最大限に発揮できる「健全な組織」を取り戻すプロセスです。
一朝一夕には変わりません。しかし、経営層が覚悟を決め、人事と管理職が連携して「仕組み」と「風土」を変えていけば、必ず組織は変わります。
ハラスメント対策という名の「組織開発」に、今すぐ着手してください。それが、企業の持続的な成長を約束する唯一の道です。





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